物理学基礎シリーズ電磁気学

著者:筑波大学名誉教授 工藤 博
分野:理学
ページ数:308頁
判型:A5判
ISBN:ISBN978-4-8446-0810-3
定価:本体 3,000円 + 税
 本書「電磁気学」の隠れた副題は,“入門書の少し先へ” である.実際,本書は入門書よ
りも古典電磁気学を少し深く学べるようにまとめた.その背景について述べておきたい.
 電磁気学は歴史的に電気,磁気が別物と考えられたまま個々に発展し, その後に統一されたものである.そのため,電磁気学の入門書は書きにくい.内容の流れが一本化できず,すっきりした構成にならないのである.その象徴が定数ε0,μ0 で,物理学の基本定数である光速c = 1/√ε0μ0 を差し置いてε0,μ0 は使われ続けるのである.2 次元空間で3 つの基本ベクトルを使い分けるような状況は,電気と磁気が別物として研究された歴史的事情とそれぞれの分野の深化によるものである.加えて,伝統の尊重という側面もあるだろう.類似のことは電磁気学に現れる各種の法則にも当てはまり,例えばビオ・サバールの法則
とアンペールの法則は独立な基本法則なのか戸惑うことになる.これらが,電磁気学の全体を捉えにくくする背景であり,教科書の構成や内容を不透明化する要因と思われる.
 さらに,カリキュラム上の制約がある.事実,電磁気学は原子・固体物理学,相対論に触れる前の大学低学年に最初の授業として組まれるのが普通である.物質中での正負電荷とそれらの振る舞い,あるいは身近な磁石の素性等を明らかにする前に電気・磁気を論じ,マクスウェルの方程式の意味を分かりやすく説明するのは容易なことではない.まして電場と磁場が表裏一体であることを十分に伝えられるだろうか.入門的な教科書の内容が,ともすれば電磁気学の全体像からはほど遠い,閉じた一体系になってしまう恐れすらある.
 最近になってこの状況が変わる可能性が見え始めた.大学の大学院化にともなって実質6年の理工系教育がしだいに定着し,私が関わってきた筑波大学においても,工学系大学院の一部で中上級の電磁気学の授業が行われるようになった.少し高度な内容のテキストが成り立つ環境が整ってきたといえる.
 本書はこの変化に合わせ,静的な電磁場から始めて,マクスウェルの方程式の導出,その応用としての電磁波の放射と伝播,さらに電磁場のローレンツ変換までを説明した.特に,先端の研究者や技術者を目指す者にとって,電磁気学の重要な応用である発電や通信の原理を系統的に理解するには時間依存のマクスウェルの方程式を十分に学ぶ必要があるだろう.このような現状を意識して,この本は“入門書の少し先へ”という企画になったのである.
 周知のように,古典電磁気学は完成後百年を超えて成熟した体系であり,その完成度は揺るぎないものである.すでに多くの教科書が世に出ているが,程度の差はあってもマクスウェルの方程式の導出とその応用という章立ての大筋は共通の基本といえる.本書も,この基本にしたがって保守的な構成と書きかたに徹した.さらに,カリキュラム上の問題として他の科目の教科書との不整合を避けることも念頭に置いた.例えば,電磁場の応力に触れなかったのは,私の周辺では基礎科目に弾性理論が含まれていないことが理由のひとつである.そのかわり,広義の光学,通信関連技術,あるいは固体物理学等にスムーズに接続するように,電磁波の放射と伝播の説明には一定量のページを割り当てた.最終章は相対論に関する話であるが,電磁気学にはもともと相対論が内在していることを示すのが狙いである.実際,電場と磁場の相補性を与えるのが電磁場のローレンツ変換であることを明らかにして,本書の講義は完結する.
 筑波大学の当時の同僚の戸嶋教授から本書の執筆をお薦めいただいた際,教授は物理学の実験研究者としての私の経歴が本書にプラスに反映されることを期待されたようである.私自身は,加速器,放射線,イオンビーム,結晶場,電子分光に関連する実験研究を長く続けてきた.この経験が多少なりとも本書の内容に生かされ,内容の身近さとわかりやすさにつながることを願っている.
 最後に,原稿の誤表記の指摘を含めて有用なコメントをお寄せ下さった近藤剛弘氏,内容に関して貴重な意見をいただいた冨田成夫, 関場大一郎両氏に心より感謝申し上げる.
2013 年5 月    著者
目次正誤表追加情報
第1章 電磁気学と観測事実
第2章 利用する数学について
 2.1 ベクトルの規則と性質
  2.1.1 内積・外積と右ネジ対応
  2.1.2 微分と積分
 2.2 ベクトル演算
  2.2.1 勾配,発散,回転
   2.2.2 2 重のベクトル演算
  2.2.3 曲線座標による表現
 2.3 積分定理
  2.3.1 ガウスの定理
  2.3.2 ストークスの定理
 2.4 立体角
 2.5 デルタ関数
 第2章の演習問題
第3章 静電場とその性質
 3.1 クーロンの法則
  3.1.1 クーロン力と電場
  3.1.2 クーロン力の重ね合わせ
 3.2 ガウスの法則
 3.3 電荷移動と仕事
  3.3.1 静電ポテンシャル
  3.3.2 電気双極子
  3.3.3 静電エネルギー
 3.4 微分形による静電場の法則
  3.4.1 微分形のガウスの法則
  3.4.2 ポアソン方程式,ラプラス方程式
  3.4.3 ポアソン方程式の一般解
  3.4.4 静電場内の電位のかたち
  3.4.5 渦のない静電場
  3.4.6 静電場のエネルギー密度
 3.5 第3章への捕捉
 第3章の演習問題
第4章 導体と静電場
 4.1 導体の性質
 4.2 導体のまわりの静電場
  4.2.1 帯電した導体
  4.2.2 境界値問題
   4.2.3 2 次元の境界値問題と複素関数
 4.3 導体の静電エネルギー
 4.4 電気容量とコンデンサー
 4.5 電場に蓄えられるエネルギー
 4.6 第4章への捕捉
 第4章の演習問題
第5章 誘電体と静電場
 5.1 誘電体の分極
 5.2 分極電荷
 5.3 誘電体内の静電場の基本法則
  5.3.1 ガウスの法則
  5.3.2 渦なしの法則
  5.3.3 等方性の誘電体に対する関係式
 5.4 誘電体の境界条件
 5.5 強誘電体
 第5章の演習問題
第6章 電流
 6.1 電流と電荷の保存
 6.2 伝導電流と携帯電流
 6.3 オームの法則
 6.4 定常電流の基本法則
 6.5 電気伝導の微視的モデル
 6.6 伝導電流とジュール熱
 第6章の演習問題
第7章 電流と静磁場
 7.1 永久磁石による磁場
 7.2 磁場中の電流に働く力
 7.3 ローレンツ力
 7.4 ビオ・サバールの法則
 7.5 発散のないベクトル場B
 7.6 アンペールの法則と回転の場
 7.7 ベクトル・ポテンシャル
  7.7.1 静磁場のベクトル・ポテンシャル
  7.7.2 ベクトル・ポテンシャルの計算例
 7.8 磁気双極子
 第7章の演習問題
第8章 物質の磁気的性質
 8.1 磁化ベクトルと磁化電流
 8.2 磁性の発現
  8.2.1 磁化ベクトルの起源
  8.2.2 磁性の種類
 8.3 物質中の静磁場の基本法則
  8.3.1 アンペールの法則
  8.3.2 磁場のガウスの法則
  8.3.3 常磁性,反磁性の関係式
 8.4 静磁場の境界条件
 8.5 磁性の境界値問題
  8.5.1 磁気スカラー・ポテンシャル
  8.5.2 一様に磁化した球
  8.5.3 一様な磁場内の球
  8.5.4 静磁場の遮蔽
 8.6 永久磁石
 第8章の演習問題
第9章 電磁場内の荷電粒子の運動
 9.1 荷電粒子の加速と偏向
  9.1.1 加速と特殊相対論
  9.1.2 電場,磁場による偏向
 9.2 磁場中のらせん運動
 9.3 直交する電場と磁場
  9.3.1 荷電粒子の速度の選別
  9.3.2 荷電粒子の軌道
 9.4 解析力学による表式
  9.4.1 ラグランジュ形式
  9.4.2 ハミルトン形式
 9.5 第9章への捕捉
 第9章の演習問題
第10章 電磁誘導
 10.1 ファラデーの実験
 10.2 磁場中を動く回路
 10.3 電磁誘導の微分形表現
 10.4 インダクタンス
  10.4.1 自己インダクタンス
  10.4.2 相互インダクタンス
 10.5 電磁誘導の実例
 10.6 磁場に蓄えられるエネルギー
 10.7 第10章への捕捉
 第10章の演習問題
第11章 マクスウェルの方程式
 11.1 時間変化する電磁場
 11.2 変位電流
 11.3 光と電磁波
 11.4 ポインティング・ベクトル
 11.5 電磁場の運動量
 第11章の演習問題
第12章 電磁波と物質
 12.1 振動電場による物質の分極
 12.2 誘電体中の電磁波
 12.3 複素屈折率と電磁波の吸収
 12.4 導体中の電磁波
 12.5 導体中の交流電流
 12.6 物質の磁性と電磁波
 12.7 電磁波の反射と屈折
 12.8 第12 章への捕捉
 第12章の演習問題
第13章 遅延ポテンシャル
 13.1 電磁ポテンシャルとゲージ変換
 13.2 有用なゲージ
  13.2.1 ローレンツ・ゲージ
  13.2.2 放射ゲージ
  13.2.3 クーロン・ゲージ
 13.3 電磁場の伝わりと遅延効果
 13.4 電磁場の双極子近似
 13.5 リエナール– ウィーヘルト・ポテンシャル
 第13章の演習問題
第14章 電磁波の放射
 14.1 電気双極子放射
 14.2 運動する点電荷からの放射
  14.2.1 点電荷による電磁場E,B
  14.2.2 制動放射
  14.2.3 全放射エネルギー
 14.3 点電荷による電磁波の散乱
 14.3.1 トムソン散乱
 14.3.2 レイリー散乱
 第14章の演習問題
第15章 走りながら見る電磁場
 15.1 特殊相対論
  15.1.1 ローレンツ変換
  15.1.2 速度の合成
  15.1.3 時間の交錯
  15.1.4 ローレンツ収縮
  15.1.5 時間の遅れ
 15.2 電磁場のローレンツ変換
  15.2.1 座標変換における電荷の不変性
  15.2.2 走る電場と磁場
  15.2.3 E,B およびD,H の変換式
  15.2.4 電荷密度と電流密度の変換式
 15.3 マクスウェルの方程式のローレンツ変換不変性
 15.4 ローレンツ変換の実際
  15.4.1 ローレンツ変換とローレンツ力
  15.4.2 ウィーン・フィルタ
  15.4.3 一定速度で直進する点電荷による電磁場
 15.5 第15章への捕捉
 第15章の演習問題
参考文献
演習問題の解答
索引
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