理工図書

実用技術月刊雑誌「土木技術」

理工図書107年

理工図書は、1899年(明治32年)の創業より107年をむかえました。以下の文章は、100周年記念に作成した「理工図書100年の歩み」からの抜粋です。

「理工図書100年の歩み」

創業~1923年 | 1937年~1950年 | 1952年~現在

創業

創業者「木下立安」は慶応2年11月1日、和歌山県伊都郡に生れた。慶應義塾大学を卒業後、北海道炭壙鉄道に入社し、手宮所長などを歴任した。後に福沢諭吉の創刊した「時事新報」の主任を経て、紀和鉄道支配人に就任する。
1898年(明31)7月に大阪で創立された鉄道協会では、機関紙を発行するほか、当初より「鉄道思想の普及発達を図り、時事の事項を詳悉し」鉄道関係者に広める旬報又は週報の必要性を協議していた。
1899年(明32)1月15日、木下立安は、この要望を受け、大阪市北区若松町十五番屋敷の鉄道協会内に鉄道時報局を設置し、「鉄道時報」を創刊した。これが後日、出版業に進出し、創立100年を迎える当社の誕生である。

東京へ進出

1899年7月、鉄道協会と帝国鉄道協会が合併し、事務所を東京に移したのに伴い、鉄道時報局も東京に移り、仮事務所を東京市京橋区南紺屋町に置いた。その後、1901年(明34)7月1日、東京市京橋区妥女町17番地(現在の銀座歌舞伎座正面)に社屋を新築し移転した。
1900年(明33)には、木下立安著「帝国鉄道要鑑」を出版し、1901年(明34)7月、木下武之助編「鉄道曲線測量表 附布設法」を発行した。本書はその後、「道路」を加え「鉄道・道路 曲線測量表 附布設法」とし全訂、改訂増補と版を重ねながら「木下の曲線表」と呼び親しまれ、今日我が国の工学書の五指に入るロングセラーとなっている。

公益社設立・時刻表の創刊

1901年(明34)1月6日、「鉄道時報局」内に「公益社」を設立し、「月刊最新時間表・旅行案内」(編集・発行 木下立安)を創刊した。その後、大手時刻表三社が合併し、1915年(大4)「㈱旅行案内社」を設立し、「公認汽車汽船旅行案内」、1917年(大6)「ポケット汽車汽船旅行案内」を創刊した。なお、旅行案内社は昭和15~16年、同種の時刻表を発行していた3社を吸収している。
1903年(明35)、「鉄道懐中日記」を出版する。年度版日記の魁たるもので、以後種類を増やし、版を重ねながら今日の九大専門日記に至っている。
1905年(明38)には河辺稔著「英国鉄道の実相」、1906年(明39)木下立安編「特別任用鉄道員必携」などを出版し、1909年(明42)には、鉄道時報の創刊10年を記念して、鉄道時報局編「拾年紀念 日本の鉄道論」の出版に至る。

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株式会社に改組

新聞、時刻表、書籍の発行など順調に業績を伸ばして来た1919年(大8)11月11日、株式会社に改組した。資本金は15万円とし、社長は木下立安、住所は同じ京橋区妥女町17番地である。またこの年、小売店での販売を維持するため、東京書籍商組合に加入している。

シビル社設立

1922年(大11)5月15日、鉄道時報局内に「シビル社」を設立し、月刊「土木建築雑誌CIVIL ENGINEERING&ARCHITECTURE」を創刊した。主幹は木下武之助、編集方針は、「土木界を縦横に貫くことをモットーとする」ことである。

関東大震災

1923年(大12)9月1日、関東大震災により社屋が焼失した。この時の東京市の被害は死者・不明13万人余り、焼失・全壊家屋50万戸余り。残念ながらこの時、鉄道時報をはじめすべての刊行物を焼失してしまった。したがって、この時以前の当社の歴史、活動状況などを知るには当社所蔵以外の資料より探らざるを得なかった。
1924年(大13)1月には、本社を東京市神田区鍋町アーチ第三号(神田駅高架下)に移すと共に、いち早く、震災のニュースを大々的に報じた。これらの記事は後年の土木建築の貴重な資料となった。
日本は震災の復興に努めるうち、時代は昭和に移り、1929年(昭4)からの世界大恐慌、そして1931年(昭6)の満州事変から1937年(昭12)の日中戦争へと突入する。その間当社は、鉄道関係、土木関係を中心として意欲的な出版活動を続けた。

創業~1923年 | 1937年~1950年 | 1952年~現在

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