理工図書107年
理工図書は、1899年(明治32年)の創業より107年をむかえました。以下の文章は、100周年記念に作成した「理工図書100年の歩み」からの抜粋です。
「理工図書100年の歩み」
「建築界」創刊
1952年(昭27)11月、建築総合雑誌として月刊「建築界」を創刊する。同誌は『中堅技術者を対象として、「読むと見る」の両面を持つ実用技術雑誌で、直ぐに役立つ工事の実施記事とかデータを収掲し又興味深く読める技術読物及啓蒙を兼ねた新技術講座を編集していくこと』に重点を置いていた。
「理工文庫」創刊・シリーズ物刊行
1957年(昭32)、文学界では往年の名作の文庫化が進み着々と販路を広げていた。当社は比較的高価であった技術書を文庫化し、学生や初級技術者が容易に入手できるようにと「理工文庫」を企画。第一号として瀬古新助著「ウェルポイント工法」を出版した。この企画は新たな読者層を開拓し、その後各分野にわたって発行点数を増していった。
1961年(昭36)、政府の道路整備十ヵ年計画を受け、時代は新しい幹線道路・高速自動車道路の建設へと向かっていた。「多数の優秀な道路技術者を至急養成すること」を望む時代の声に応え、「新道路シリーズ」を企画。第一集中島彬博著「アスファルトコンクリート舗装」を刊行した。シリーズ中、「道路の路肩と法面」を執筆した堂垣内尚弘氏は後に北海道知事となり、技術面ばかりでなく政治面でもその手腕を発揮された。
1962年(昭37)、新しい形の都市の建設・整備が唱えられる中、「都市計画シリーズ」「都市整備シリーズ」をそれぞれ企画。
1968年(昭43)、企画から3年余の時をかけ、「建築設計講座」の第一弾、藤井正一郎著「建築生産論」を発刊。同講座は、当時の技術革新と生活様式の変化に対応し、人と建築という本質的な関係を基盤として、建築を具体化していく方法の手引書として企画した。
1976年(昭51)11月には、土木工学全集編集委員会による「土木工学通論」が上梓された。本書は日本大学の理工、工、生産工学の各学部の先生方によって、土木工学の各分野を分担執筆する「土木工学全集」の第一巻となるものである。
新社屋の完成
1977年(昭52)3月、東京都千代田区富士見1丁目8番19号に現社屋を新築し移転した。これはかねてより自社ビル用地として取得しておいた上記の土地に地下1階、地上5階建ての新社屋を完成させた。
1981年(昭56)5月に副社長柴山和夫が代表取締役社長に就任し、柴山當夫社長は取締役会長として第一線を退いた。それから僅か3ヵ月後の8月、新社長に後事を託して安堵されたかのように、柴山當夫会長は逝去された。
柴山當夫会長は、1947年(昭22)社長就任以後、戦後の混乱期を乗り切り、現在の当社の基礎を固めた中興の祖として功績は極めて大きい。戦後の物資不足時代には、自ら用紙の確保に奔走し、社員に混じって用紙の包みを担いだなどのエピソードも残っている。
新しい出版への試み
従来の当社出版物が、土木・建築を中心とした純工学に的を絞っていたものを、これにこだわることなく、新しい分野への進出を図った。その初めとして技術の周辺に目を向け、「技術者のための数学の要点シリーズ全7巻」を企画し、1982年(昭57)に第1巻として、唐沢英雄著「線形数学・計算法」、第2巻「確立・統計」を出版した。
1982年(昭57)刊の小林治人編著「ランドスケープ造園設計」も、この新しい展開のもとに出版されたものだった。当時は耳馴れない「ランドスケープ」という用語を、造園界はもとより、建築・土木の分野にも定着させる基となった。
1985年(昭60)には、当時新しい学問分野として注目されだした「連続体の力学」が企画された。同年11月に第1巻を上梓、以後85年までに全8巻のシリーズとして完結した。本シリーズはこの分野の草分けと云えるもので、多くの関係者の関心を集めた。
1993年(平5)、空気調和・衛生工学会と、シリーズ「空気調和・衛生工学会新書」発刊の企画が進行した。このシリーズは、空調・衛生のいわゆる環境工学が含む様々な問題点や、技術の将来の展望などを、建築・設備などの技術者ばかりでなく、広く一般の人々にも知らしめたいと意図するものであった。したがって造本も縦組を採用し、工学書のイメージから敢えて離れたものとした。幸いこの趣旨が理解され、第1回配本の平野 滋著「防音・防振の施工」、山岸一夫著「コージェネレーションとその応用」の発刊以来、好評をもって迎えられ、現在までに16巻の発刊をみている。
出版界の今・これからの理工図書
いま、わが国は極めて深刻な構造的不況に見舞われている。その要因といわれる1980年後半に生じたバブル経済は、人々に一攫千金の夢を追わせた。株に手を染め、あるいは不動産投資に走り、また周囲も、時流に乗らぬ経営者を無能よばわりするような社会状勢さえみられた。その結果バブルがはじけてみれば、倒産という最悪の事態を招いた老舗の出版社もあった。当時、数多の誘いを受けながらも、断固として本業一筋を貫いた当社の姿勢は、一つの見識として評価されてよいであろう。
当社の100年の歴史の中には、未曾有の経済危機といわれた昭和大恐慌、そして戦中・戦後の極端な物資不足という、今にも劣らない困難な時代を経験してきた。歴代の経営者は社員の協力のもと、見事にその危機を乗り切ってきた。
100年という節目をこの困難な時代に迎えるにあたり、過去の先輩諸氏の努力を偲びながら、全社員一丸となって努力し、来るべき21世紀へ向けて、大きな発展の基礎を築くことこそ、現在のわれわれの使命と考えている。


