理工図書

実用技術月刊雑誌「土木技術」

理工図書107年

理工図書は、1899年(明治32年)の創業より107年をむかえました。以下の文章は、100周年記念に作成した「理工図書100年の歩み」からの抜粋です。

「理工図書100年の歩み」

創業~1923年 | 1937年~1950年 | 1952年~現在

シビル社の社名変更・土木技術社へ

1937年(昭12)1月「土木建築雑誌CIVIL ENGINEERING&ARCHITECTURE」を「土木ニュース」に改題。1940年(昭15)、「土木ニュース」は「土木工学(工業雑誌社)」と「工学(東京工学社)」と合併し、社名を「土木技術社」と改め、「土木技術(月刊・B5判・代表木下武之助)」を創刊した。1944年(昭19)には「土木雑誌(土木雑誌社)」と合同し、新雑誌「土木科学」を創刊している。

第二次世界大戦開戦

1941年(昭16)12月、太平洋戦争が始まり、次第に戦時色が濃くなる。1942年(昭17)末には、「土木技術」の進軍のニュース写真に「陸軍省検閲済」の文字が見える。また物資不足も深刻になり、鉄筋に代わる「竹筋コンクリート」が紹介されている。

企業整備令・理工図書株式会社に改組

1944年(昭19)には企業整備令により、全国3,000余りの出版社中2,000社を整理し、さらに厳選する200の世話人に当社も指名された。当社は、「工学技術社」、「鉄道技術社」を買収し、「株式会社鉄道時報局」を「理工図書株式会社」に改組し、初代社長に木下立安が就任した。これにより、理科学系統と工学系統の両部門にわたって出版することになる。
同年、木下立安が社長を務めていた旅行案内社も企業整備令、聖戦完遂の国策のために(財)東亜交通公社(現・JTB)に時刻表の発行権を譲渡することになった。

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鉄道時報の廃刊

用紙配給制度による極度の紙不足と人員不足により,1943年(昭18年)6月には「鉄道時報」が廃刊のやむ無きに至った。非常に困難な状況を迎えたが、ねばり強く出版活動を続けるうち、1945年(昭20)の終戦を迎えることになる。

第二次世界大戦後・復興

1945年(昭20)8月15日、日本がポツダム宣言を受諾し第二次世界大戦が終結した。政治経済・外交・教育の大混乱の中、出版業界では10月には早くも日本出版協会が設立されるなど、出版社各社の活動が再開され始めた。
当社も1946年(昭21)から翌年にかけて、千余頁あった木下武之助著「鉄道・道路 曲線測量表 附布設法」を四百余頁に圧縮して発行した。

「土木技術」復刊

1946年6月には、休刊していた「土木科学」を戦前の「土木技術」の誌名に戻し、土木技術社より復刊した。「土木技術」の編集方針は「工事の設計並びに施工にすぐ役立つ」「高遠な学理の検討は学術誌に譲り、現場での教科書を目指す」ことに重点を置き、創刊53年を迎える現在も多くの現場実務者、設計者に支持され、愛読されている。
1947年(昭22)12月には、理工学図書出版社が参集し「工学書協会」設立され、当社もこれに参加することになった。

朝鮮戦争勃発

1950年(昭25)6月25日、朝鮮戦争が勃発し、我が国の特需景気が始まる。この景気の下、当社も多くの出版物を刊行し、重版を重ねていくこととなった。

創業~1923年 | 1937年~1950年 | 1952年~現在

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